「あの人は、パソコンを使いこなしている。」
そんなフレーズをたまに聞くとき、いつも思うことがあります。
パソコンを使いこなすって、どういう状態を指すのでしょう?
例えば、ExcelやWordを仕事などでよく使う人がいるとします。Excelで売上表を作って、それをグラフ化したり、Wordで契約書などを作ったり。そういうことができれば、使いこなすと言えるのでしょうか?
Excelに200個の金額を入れ、その金額の消費税を計算したい。この場合、電卓でその数字に0.05を掛けて、出た答えを更にExcelに入力していく。これは、使いこなしていることになるのでしょうか?
その金額に、0.05を掛けるという計算式を入力すると、200個の金額の消費税は、10秒で求められるでしょう。
毎日、この作業をすると仮定した場合、この作業にかかる時間は、月に25日作業するとしても、250秒。この状態は、パソコンを使いこなしていることになるのでしょうか?
VBAで消費税の計算をボタンのクリック一つでできるようにすると、その作業にかかる時間は、ほんの1秒。ただ、ボタンを押すだけが、パソコンを使いこなしていることになるのでしょうか?
更に、この作業を自分でやる必要が無くなったので、他の人に任せたとします。毎日ボタンをクリックするだけ。
これは、パソコンから離れた状態。究極の省力化ではあるのですが、これはパソコンを使いこなしているのでしょうか?
コンピューターで、できることは、何種類くらいあるのか?そんなことは、誰にも分かりません。
コンピューターで何ができるのかを分母に、自分が実際にできることを分子にもってくると、自分がコンピューターを使ってできることは、全体の何パーセントかということになりますね。
ところが、コンピューターというものは、知れば知るほど分母がどんどん膨らみ、自分のできることのパーセンテージがどんどん少なくなっていきます。コンピューターを知れば知るほど、自分のできることがいかに少ないかを思い知らされることになります。
つまり、パソコンを使いこなすのではなく、例えばこの仕事にExcelを使いこなす、Wordを使いこなすと言い換えなければならないのです。決して、パソコン自体を使いこなす事なんてできません。
「私は、パソコンを使いこなすことができる。」なんていう人がいたら、それは、その人がパソコンで何ができるのかを、知らないということです。もしくは、その人は自分がやっていることにしか興味がないと言うことでしょう。
そんなパソコンをとことん勉強しようなんて、所詮無理です。
自分のできることから、できる量だけを楽しんで・・・それがパソコンの基本。
仕事のために仕方なくパソコンを覚える・・・そんなことをすれば、その人にとってのパソコンは、苦痛の種になるだけです。
パソコンなんて、できなくて当たり前。そんなリラックスした状態で、まず、自分のやりたいことを始めてみましょう。
こんなにも複雑で、限界が見えないパソコンという機械は、楽しく覚えなければ、やっていられません。
パソコンは、勉強するものではありません。遊んで覚えるものです。
パソコンで遊んでいるという感覚を持ち続けられるかどうか。これが、パソコンと長く付き合えるかどうかの鍵になるといえそうです。
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